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待ちに待ったブログシステムが完成した。気の向くままに、感じたままに
自由に書いて行きたい。
帰郷
先日 姉から電話があった。
実家を貸し駐車場にするか、人に貸すか、
どちらにしても、「家の中を整理したいので、帰って来い」
との事だった。

朝早く 新幹線で名古屋に向かった。
昔 息子を連れて よく 実家へ帰った。
息子が小さい頃は 車で往復をした。
車好きな私は 若い頃はスピードを出して、
2時間ちょっとで よく行ったなーと思い出す。

いつ頃か 車はしんどくて新幹線になった。
誰も待っていない実家へ行くのは
初めてで複雑な気持ちになる。

駅に着くと 姉が迎えに来てくれて待っていた。
これも いままでと同じ いつもの流れ、
しかし 向かう実家には もう 誰も待っていない。

実家は玄関と勝手口がある。勝手口にガレージがあるので、
よく そこから出入りした。
「ただいま!」とドアを開けると、
キッチンで母がいつも食事の用意をしていた。
母の料理はいつもワンパターン。
畑で作った野菜のお煮しめと お刺身と 漬物と
具の沢山入ったお味噌汁、そんな感じだ。

私はそのまま キッチンに座り 母と話をしていると
応接間から父が声を聞きつけて、やってくる。
「来ていたのか、いつも 裏口からだな」と
嬉しそうに笑顔を見せる。
父は顔だけ見ると、すぐ 息子と応接間でテレビを
見たりしていた。
いつもの光景で 何も感じない当たり前の光景が
父が亡くなり、寂しいなーと思いながらも、
母がいた時は、感じた事のない、この虚無感が
私の心の中に一杯広がっている。

姉が「先に入っていて、車を止めるから」と言ったので、
私はドアを開けた。
瞬間に、誰もいない空虚な部屋に、胸が詰り涙がこぼれて落ちた。

何も変っていない部屋。
キッチンテーブルに母が良く使っていた湯飲み茶碗、
お鍋、冷蔵庫、テレビ、電子レンジがある、いつものキッチン
変ったのは、母がいない事。

姉が車を止めて、入ってきたので、
泣いているのを見られないように、2階へ行った。
父や母がいた頃の、なつかしい思い出が溢れている。
帰郷するといつも お客様用の布団に寝かせてくれた。
北の窓を開けると、風がヒョロヒョロと流れてきた。

そっと 目を閉じると、
なにもかも 遠い遠い昔の出来ごとのような気がした。
母が亡くなって、まだ 1ヶ月も過ぎていないのに、
もう 随分 月日が流れたような気がする。
アルバムを広げると、若い頃の父と母の笑顔が
目に飛び込んできたが、涙でぼやけて見えない。
部屋の中を 蒸し暑い風がヒョロヒョロと空しく流れていた。

姉が「欲しいもの、いらないもの知らせてね」と声を掛けた。
「うん」と答えて、涙をぬぐい階下へ降りた。
押入れには まだ 封をあけていない貰い物の
タオル、バスタオル類、素麺類、砂糖類、石鹸類、が
山のようにある。
母らしい。将来に将来にといつも大切に取ってあるのだ。
姉と私は「すごいね」と思わず笑った。
今 ここに 母がいたら 多分 親子喧嘩になっていると
思うと可笑しかった。
姉と私は「ドンドン使えばいいじゃないの、いつの為に取っておくの、
何の為に取っておくのよ」と言ったに違いない。
戦争を経験し、物のない時代を経験している母は
本当に物に執着していた。

私はシンプルな生活がいい。
若い頃と違って、もう 物質欲はあまりない。
「何もない贅沢」を実践したい。
新しいタオルや石鹸類を少し選んだら、
姉が「欲しいものは全部あげるよ」と言った。
母の好きだった服と靴、父の背広と帽子を形見にもらった。

姉は真面目で いつも ちょっと厳格な部分があるが、
今回は 随分と優しい。
姉もそれだけ 悲しいのだろうと思ったりした。
お互いに悲しいと思っているのが、ひしひしと伝わり、
思い出話をする心境にはならなかった。

何も考えないで生きて来て、
「親孝行したい時には、親はなし」まさに実感する。

涼しくなったら 九州と島根にある父や母の先祖のお墓参りを
しようと姉と旅の約束をした。

お花をもって父のお墓参りをして帰路に着いた。
投稿日:2007/08/12 今日の出来事
集団ヒステリー
人間はかも弱いものなのかと、つくづく 思う。
テレビを見れば、
どこも、かしこも安部政権の非難の嵐だ。
朝青龍の件も全く同じ。
福知山線脱線事故の時も同じ。
堀江さん(元ライブドア社長)の時も同じ。
集団ヒステリーのようだ。
マスコミはちょっとおかしいよ。
マスコミがおかしいのではなく、
人間という生き物の精神構造がおかしいのかも。
常に誰かが、誰かを律するのではなく、
自分が自分を律することはできないのかなー。

どのコメンテイターも内容はほとんど同じ。
1人ぐらい 全く 反対の事を言えば面白いのに

安部さんのことで言えば、
1人ぐらい、もちろん 2人でもいいのだが、
数は問題ではなく、テレビで 
「衆議院選まで 安部さんでいいじゃないか!」と
堂々と発言できる人はいないのかなーと思う。
私は安部さんが好きだからと言う訳ではない。
朝青龍の件も同じ。
彼はルール違反をした。
罰則があって当然だし、従わざるを得ないのも、明白だ。
それを マスコミはなぜ 面白がって騒ぐんだろう。
万が一 本当に「心の病」なら、
人権蹂躙だと思う。
なぜ いつも 問題が起これば、
全員が1人の人を 集団で攻めたてるのだろう。

犯罪を犯した人でも 弁護士がいて、
反対のサポートをしているのに、
安部さんは犯罪を犯して訳ではない、
又 1人が悪いわけではない、
判断ミスを多く、確かにしたし、
私は 民主党に政権を変わって欲しいと思っているけど、
テレビのニュースを見ていると、
人間の本質、他者の不幸を面白がる、
人間の弱いところ、汚いところを見ているみたいで
いやだ。
日本だけではなく、世界中同じ。
拝金主義、物質主義、
人間は動物の中で理性を持った唯一の生き物だから、
もっと 自分を自分で律してほしい。
もっと 精神主義になってほしい。

社会保険庁のお金の流れ、
税金の無駄使いの流れ、
もっと もっと 追求する事は一杯あるのに、
どの テレビも同じ。
同じ事を言っているのは、楽だよね。
楽な方にみんな 流れたいのだね。
人間は弱いんだね。
その弱い人間がなぜ 他者には完璧を望んでばかり。

私はマイノリティが好きだから、
変わっているのかも知れないが、
力関係、利害関係ばかりに
人の心がうごめいているようで、直視できない。

もっと いいところも褒めてあげて欲しいと思う。
人を非難するのは、本当に簡単だよね。
育てる事って、本当に難しいんだなーとつくづく思ったりする。
投稿日:2007/08/10 今日の出来事
スーパーバイズ
週に一回 大阪でカウンセリング勤務をしている。
そのカウンセリングのスーパーバイズを受けに、
臨床心理士の先生のオフィスの大久保に毎週行く。

スーバーバイザーの先生のオフィスは
西明石のひとつ西 大久保にある。
毎週 須磨、塩屋、垂水の海岸を
電車の窓から ぼんやり眺めながら行く。
私は旅行が好きなので、旅行気分で楽しんでいる。

大久保は残念ながら、JR新快速は停まらない。
西明石で降りて、普通に乗り換える。
いつも 30分前ぐらいに着いて、
駅の北側にある コンビニでコーヒーを飲む。
そのコンビニには、カウンター式のコーヒースタンドがあるので
本当に便利だ。

ホットコーヒーも提供しているので、
ホットを飲みながら、時間が来るのを待って、
約束の時間の2分ぐらい前に、
先生のオフィスをノックする。

「はい。どうぞ」
先生はいつも 同じ言葉で待っておられる。
そして ニッコと笑顔を見せられる。
私はいつものように 先生の向かい側に座る。
毎週 カウンセリングをまとめたA4の紙10ページ分を
前もって郵送しているので、先生はその内容を
すでにチェックして スーパーバイズをされる。

「どうですか?」
いつも 同じ言葉ではじまる。
先生はいつも Teaを入れてくださる。
私は カウンセリングの「所感」を述べる。
一生懸命 自己防衛をしながら、
カウンセリングの所感を話すが、
デーンとゆったりと座っておられる先生の前に
座ると、言葉で上手に取り繕っても
すべて お見通しで、無駄だといつも 内心脱帽する。
言葉は本当に、少ないが、
的確な、私に必要な 言葉でいろいろな事を、
アドバイスして頂く。

毎回 帰りの電車の中で、
「すごいなー」と感心する。
私が四苦八苦している10時間ぐらい掛けた、
カウンセリングを 1時間で 何もかもお見通しだ。
「よし!また 頑張るぞ!」と
カウンセリングを受けたような清清しい気持ちで
心を新たに トコトコと電車に揺られながら帰ってくる。
投稿日:2007/08/09 心理学
参議院選
選挙が気になって、
テレビに釘付けになっていた。

多くの人が、ちょっと興味を持ち始めたのがいい。
テレビのインタビューで、
「どの政党を応援していますか?」など
聞かれて、「どの政党にも期待をしていない」と
答える人がいるのを、見ると、ちょっと 腹が立つ。

気持ちは分からない訳ではないが、
そんな人は多分 自分をも知らない人、
社会のシステムをも知らない人だと思う。
期待ばかりをして、他者依存の人だと思う。
そして 文句ばかり言って、暮らしている人だと思う。

集団の中で、人の力は本当に微々たるもの、
純粋な考え方であれば、それが通用するとは限らない。
いい人間ならば、それが通用するとは限らない。
リーダーシップがあれば、すべて 引っ張っていける訳ではない。
政治の世界は、あらゆる力関係、損得関係が
裏では蠢いていて、ひとつ縄では行かないと思う。
独裁者でない限り、なかなか 思うように物事は
動かないし、動かせない。
いい理念を持った政治家ご本人達が、
一番 国民よりも イライラ 内心する事があるのではないかと、
思ったりする。
だから 常に動かしていかなければいけないのではないかと
思う。 諦めないで。

私 個人は安部さんが好きだ。
どこか 育ちの良さと画策のなさと、温かさを感じる。
しかし 郵政民営化で反対をした人たちを、
簡単に復党させた時、私は 安部さんは参議院選で
負けると思った。
多くの国民が 指示した事を理解していないと思って
ガッカリした。
また 安部さんがいいとか、悪いとかの、
個人的なことよりも、多数が関わっている集団の
集まりが政党だから、やはり 風通しをする方が
いいと思う。

小沢さんはあまり 好きではない、と言うよりは、
どこまでが本当で、素がなかなか 分からない。
また 岡田さんや 前原さんが民主党の党首をして
おられる時、協力的に見えなかった点でも
わがままな人だと思った。
しかし 彼の政治的理論は 面白い。
一度 政治を変えてもらえると、
風が通っていいのではないか、
と思う。

民主党がだめなら、自民党、自民党がだめなら、民主党と
2大政党になり、緊張感のある政治が行われるように
なる事を願う。

政治家で 応援したい人は
自民党の中は 河野太郎さん、人間的にいいね。
民主党の前原誠司さん ハンサム過ぎるのが
彼は損をしていると思うが 本当に理論はいいと思う。

本物にあった事がないので、本当の所は分からないが、
テレビを通じて 彼らが言っていることは、
筋が通っているし、理論的だし、
何よりも 政治を個人的に
受け止めていないし、個人の損得に繋げたり、
金銭主義に感じないのが、いいと思う。

いつの日か、
日本もこの人達が リーダーになって、
ガラス張りの 公平な、もっと 弱い人たちを
支えるようなシステムがある政治をして欲しいと思う。

人間はこの地球で 後 何年 存在できるのかなー。
100年?200年? いつまでも 穏やかに
存在できるといいなー。 すべての人達が。
投稿日:2007/07/30 政治
追憶
夕方 6時の時刻に 事務所でのんびり 
仕事をしている自分が、どこか 居こごちが悪いと
母が亡くなって しばらく感じた。
この1年 自宅療養している時は 早く帰って 
母の食事を作らなければと、
また 病院に入院をしている時は
食事の時間に間に合うように、行かなければと
時間をいつも 気にする習慣になっていた。

31年前 妹を事故で亡くした。
母の目の前で、妹は自転車で、車とぶつかった。
ほとんど 外傷はなく、意識もあり、話も出来て、
救急車で病院へ運ばれたが、誰も妹が死ぬとは思わなかった。
2日後 突然 容態が急変し、妹は息を引き取った。
脳内出血をしていたらしいのに、なぜ きちんと検査を
しなかったのかと、悔いが残る。

まだ 若かった私は、葬儀の時、
深い悲しみの中にいる父と母の背中を見ながら
死と言うものに、漠然とした不安と恐怖を感じた。
と同時に 父と母が もし 死んだら どうしようと
思ったのを鮮明に覚えている。
死と言うものが まだまだ 身近ではないと感じていた私は
父と母に永遠に生きて欲しいと 
その時 切に思った。

母の遺品を整理していたら 父の日記を見つけた。
父は13年前に 88歳で亡くなっている。
その父の日記を母は大事に 時々 読んでいたのかも知れない。
その日記に 妹を亡くした時の 父の気持ちが川柳にしてあった。
娘を亡くした父親としての気持ちが どれほど 悲しいものが
切ないほど 日記に認めてあった。

私が「人間」「心理学」に最初に興味を持ち始めたのは
妹の死に関係している。
個々の個人的な「人間」に興味があるのではなく、
人間がもっている「普遍的な」部分に興味を抱いた。

人間とは 「何」 なのだろうか?
人の一生とは どのようなものなのだろうか?
人はどこから来て、どこへ行くのだろうか?
人の運命は決まっているのだろうか? などなど。

その疑問は 私の胸の中で づっと 燻ぶり続けていた。
「占い」「運命学」を6年学び 「心理学」を6年学び
今 その答えを 自分なりに見つけ 納得をし、確信をしている。

今の私なら 悲しみの中にいる父を もっと 理解し
励ましてあげれるのに、
当時の私は 私自身で精一杯だったと思う。
父は前向きな人で 楽天家な人だったので、
父の心配をあまりした事がなかった。
母は いつも クヨクヨする性格だったように思っていたが、
本当は強い人だったのかなーと 今 思ったりしている。
いろいろな 出来事が母をクヨクヨする性格にしたのかも
知れないとも思ったりしている。

ハンガリーの精神科医・心理学者のソンディは
「人には2つの運命がある。
 1つは 強制的運命、もう1つは選択的運命」と。
仏教大学の教授の そのソンディの「運命分析心理学」の
事例研究会に毎月参加させて頂いている。

ソンディの理論によれば、人との「出会い」は強制的運命に
なる。
恋愛、結婚、友達、師匠、上司、先生、就職、職業、病気
などの自分の人生の重要な「出会い」は出会いたくて、
出会えるものではない。
しかし その「強制的に出会った」運命を
どう解釈し、何を選ぶかは、選択的運命になるとある。

私は 常々 人の人生は その人の
「思考」 → 「言葉」 → 「行動」で 運命が決まって行く
と思っているし、自分自身の人生を通しても実感をしている。

父と母はお見合いをし「運命的」な出会いをし、
それを 選び それを全うしたが、長い人生において、
納得をしていなかった部分も
多く あったのではないかと思いを馳せた。

でも 今頃 2人は天国で再会し、マテリアルのない、
魂と魂の関わりで、
魂と魂が似たもの同士だった父と母は
楽しくしているような気がしてならない。
投稿日:2007/07/29 今日の出来事
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